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暗い宿

 

息抜きにおすすめ! 中年コンビと殺人事件旅行プラン

暗い宿 (角川文庫)

暗い宿 (角川文庫)

 

 

 人が死ぬ話は魅力的だ、繰り返しの日常から脱出させてくれる。
 とりわけ、鼻を噛んだティッシュのように使い捨てられる殺人事件は気楽でいい。
 犯行現場のスリル感や、謎が解かれたときの爽快感は、気分転換に旅行するのと同じ効果を持っている。

 著者のペンネームと同姓同名の語り手・有栖川有栖は、職業もまた同じ推理小説家だ。
 現実の有栖川有栖と違うのは、小説の取材や慰安旅行に行った先で本当の殺人事件に見舞われるところだ。
 まさに推理小説家が天命のような男である。
 彼は職業柄、凄惨な事件でも小説のネタに結びつけてしまうし、
 推理よりも鉄道の路線関係だとか、観光先の郷土や名品に思考を割く。
 ミステリのトリックを作るように事件を解こうとするので、
 選択肢は広まってもなかなか真相に辿り着けない。

 彼が当てずっぽうに喋っていく推理を選り分けて、
 「ふん、それまた飛躍した推理だな」と謎解きをするのは犯罪臨床学者・火村英夫だ。
 彼は大学で犯罪社会学を教える傍ら、フィールドワークと称して警察に介入し、難事件を解決する影の立役者である。

 推理小説家と犯罪学者の中年男コンビが、
 血なまぐさい殺人事件を前にして冗談を言い合いながら推理していく。
 そのようすは穏やかで、ほっと笑えるやりとりである。

 しかし、彼らを描くのは日本の本格推理小説を支える、
 現実の有栖川有栖だ――収録されている『宿』をテーマにした短編小説は、
 それぞれ異なる演出とトリックが光っており、読者を飽きさせることがない。

 有栖川の泊まった民宿で人骨が発見される「暗い宿」
 バカンス先で訳ありげな夫婦と出会う「ホテル・ラフレシア
 温泉旅館で不審な包帯男と遭遇する「異形の客」
 来日していた有名ロック歌手が殺人容疑者になる「201号室の災厄」
 
 気になるタイトルはあっただろうか。

 どの宿も、あなたを極上のミステリでもてなしてくれることだろう。